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福岡高等裁判所 昭和31年(ネ)6号 判決

控訴人 原告 村山亀次郎

訴訟代理人 安永沢太 外三名

被控訴人 被告 武雄市

代表者 市長 中野敏雄

訴訟代理人 吉浦大蔵

主文

原判決を取消す。

控訴人が武雄市の監査委員であることを確認する。

訴訟費用は第一、二審共被控訴人の負担とする。

事実

控訴代理人は主文同旨の判決を求め、被控訴代理人は控訴を棄却するとの判決を求めた。

当事者双方の事実上の陳述、証拠の提出、援用、認否は、控訴代理人に於て、(一)武雄市が自転車競技法第一条第四項、同法施行規則第一条に基いて、訴外社団法人佐賀県自転車振興会(以下振興会という)に対してなす自転車競走実施の委任は、公法の規定による委任という法律行為であつて、民法の規定による請負又は準委任という法律行為ではない。(二)地方自治法第二〇一条により準用される同法第一四二条の立法趣旨は、もともと、公共団体の長を公共団体と関係ある私企業から隔離するだけのものであつて、公共団体と関係のある公企業又は公益事業から隔離する趣旨を含むものではないから、同条は振興会の事業のような公益事業から公共団体の長を隔離する趣旨は毛頭含んでいないものといわねばならない。従つて、監査委員に同条の規定が準用されるとしても、振興会の事業から監査委員を隔離する趣旨はいささかもない。(三)自転車競技法令は、もともと、武雄市や振興会の私益のために、自転車競走の実施を二者の間に於て委任することを認めているのでなく、公の利益の為に認めているのであるから、武雄市が振興会に自転車競走の実施を委任した法律関係は、民法上のものと認むるに由なく、却つて、公法上のものと認むべきである。しかのみならず、武雄市が自転車競走を行うことは、もともと、自転車競技法なる公法に基き、主務大臣の指定により同市に授与された権利すなわち公権であつて、この権利は、武雄市が自ら行使すべきもので、その欲するところに従つて、この権利を他に移転し他の者をして行使せしむることの許されないものであることは、この権利が公法上の権利であつて、単なる私権ではないことから明らかである。ところで、公法上の規定に委任の語が用いられている場合は、行政庁の権限をその下級行政庁に移譲し、下級行政庁の権限として行使せしむることを意味するを通常とする。従つて、本件自転車競技法第一条第四項のように、自転車競走を行う公権を有する市が、その実施を振興会に委任するという規定の趣旨は、同法第一条第一項に基き主務大臣の指定により指定された武雄市に授与された自転車の競走を行う権利を振興会に移譲し、振興会の権利として自転車の競走を実施せしめる法意と解するのが相当である。されば、この場合の委任は、武雄市はその有する自転車競走を行う権利を喪失し、振興会は之を取得するという重大な公法上の効果を生ずるものであつて、民法上の請負とか委任とかはかかる権利の移転を来すものではなく、全くその観念、性質を異にするものである。(四)地方自治法第一四二条に所謂請負なる語は、旧府県、市、町村制、衆議院選挙法等にいう「請負」と同義語であつて、民法第六三二条に所謂「請負」と必ずしも同義でないことは論のないところであるが、さりとて、単なる利害関係とか、経済的取引関係とか、或は特種な経済的法律関係の業務と云うような広汎な意味を有するものではない。民法の請負又はそれと類似する営業として行わるる経済的な取引関係を含むもので、民法の請負の外、物品労務の供給等の行為を指し、巷間に於て「御用達」「御用商人」と称せらるる類がその例とされているのであつて、従来の大審院、行政裁判所の判例も大体右と同一の見解を採用しているのである。飜つて、本件について之を見るに、世上ややもすれば、地方団体が行う自転車競走業務を目して不健全な投機的経済行為の如く解する向きがあるけれども、それは入場券、車券の発売、払戻金の交付、勝者に対する賞金賞品の支給等、金銭の収支に関する所謂穴場の経理事務及び入場券、車券の売上げ増加を図る宣伝行為等を指すものであつて、これらの事は、武雄市がその職員二百乃至三百数十名を用いて直接その衝に当り、振興会は主として競輪場走路内に於ける選手及び自転車の検査、審判に関する専門の技術的事務及び選手の配分申請、選手の管理、参加選手の旅費支給等の競技に関する事務を処理し、かの請負に見る仕事の完成、これに対する報酬支払、もしくは、労務、物品等の供給という経済的営利的取引の性格を有しない純然たる事務を担当するに止まることが明らかである。従つて、之に対する交付金はもとより対価的な報酬ではなく、むしろ費用弁償である。従つて、委任者たる武雄市と受任者たる振興会との間に私経済取引的な利害の対立する余地は全然存しないものといわねばならない。さればこそ、全国の自転車振興会の理事と施行者たる地方団体の首長及び監査委員を兼職している事例は多数に上つているに拘らず、いづれも自転車競走業務は、円滑に運営されている実情に照しても武雄市の委任により振興会の行う自転車競走が地方自治法第一四二条に所謂請負に該当しないもので、振興会の理事が武雄市の監査委員を兼職しても何等違法のかどは存しないものといわねばならない。(五)仮りに、振興会は、地方自治法第一四二条にいう請負をなすことを主とする法人に該当し、従つて、振興会の理事は右法人の取締役に準ずる者であり、同条により監査委員を兼職できないものであると解すべきであるとしても、監査委員を選任する市長においても、その選任を可決した市議会においても、控訴人が振興会の理事の職にあるものであることを知悉していて、控訴人を監査委員に選任することについて、地方自治法その他の法令に牴触するところがないとして選任し、選任された控訴人も、選任を適法のものとして同意したものであることは原審の認定しているところである。従つて、振興会の理事の職にある控訴人を監査委員に選任した当時に於ては、関係者はいづれもがこの選任の地方自治法第一四二条に牴触する瑕疵あるものであることを知らなかつたものであることを推認するに足り、また、この選任についての関係者(市長、市の事務当局、市議会側)以外の誰れもが、この瑕疵に気がついてこれを問題としたことのなかつたことについては、当事者間に争のないところであり、この瑕疵が問題となつたのは、昭和三十年五月七日、市助役野中増市が、他の用件で、例規を調査中、競輪課備付の文書中より偶々振興会の行う事務の中武雄市の競輪実施の事務がその主要な部分を占めている場合において、振興会理事と監査委員との兼職は出来ない旨の地方自治庁通産省の各通達を発見したことに端を発したものであることは、原審の認定しているところである。さすれば、この瑕疵は、仮りに、監査委員の選任について重大なものであるとしても、外見上明瞭なものとはいえないから、この瑕疵をとらえて本件監査委員の選任は当然に無効なりと解するのは、学説判例に背反する失当のものといわねばならない。従つてこの選任は瑕疵を理由に権限ある機関によつて取消される迄は有効なものであることはいうまでもない。と述べ、被控訴代理人に於て、振興会が地方自治法に所謂請負団体に該当するか否かを判断するに当つては、一方において、同法第一四二条の立法趣旨を正しく把握すると共に、他方において、競輪事業の性格、競輪施行者たる武雄市と振興会との間の競輪実施等に関する契約及び振興会の業務内容、その他、関連事項の分析検討をしなければならぬことはいう迄もない。更に、武雄市の監査委員―控訴人の場合は武雄市議会の議員中から選ばれた監査委員である。-と、振興会の理事との兼職が同法第二〇一条によつて準用される同法第一四二条に違反するものであるか否かを判定するに当つては、右の外、なお、監査委員の性格及び機能の点にも触れなければならぬ。(一)同法第一四二条及びその準用法条の立法の趣旨が、職務執行の公正を保障せんとするにあることは改めて説くまでもない。(二)自転車競技法第一条は、指定市町村は自転車の改良、増産、輸出の増加、国内需要の充足に寄与するとともに、地方財政の増収を図るため、自転車競走を行うことができるものとしているが、競輪事業の主眼とするところは、地方公共団体への財源付与措置の一形式と見られる。唯競技法にあつては、競馬の場合と異り、特に自転車振興会なるものを認め、競輪事業の公営的側面と、民営的側面とそれぞれその長所を生かして運営を行うものとされ、しかも、法律制定当時の経緯からいつても、将来民営的側面の拡大充実を期することとなつているものである。そこで、競技法第一条において、競輪施行者は競輪の実施を、自転車振興会に委任することができるとされているのであるが、その振興会は、当該都道府県毎に設立されるものである関係上、且つ競輪事業の前記両面運営の建前からして、競輪施行者は、地元の振興会に競輪事業の一部実施を委任することを事実上余儀なくされることになる。それと同時に、競技法によつて競輪施行者は、右の場合、その振興会に法定の金額を交付しなければならない。競輪事業の目的は右の如くであるが、競輪の実体は結局賭博的性格を帯有することを否定できないところから、振興会を以て直ちに民法第三四条所定の公益法人とは認め難いという考慮もあつて、特に、競技法において、これを民法により設立される公益法人とするとの規定を設けたものと思われる。しかしながら、振興会が右のように公益法人とされていても、競輪事業そのものは、地方公営企業に類似する私経済的作用に属するものであると見るのが正当であつて、控訴人主張のような「公の行政」ではない。従つて、競輪事業の一部の業務を行う振興会は「公の行政を委任せられている者」には該らない。振興会は佐賀県下において競輪の実施を引受けることのできる唯一つの団体であり、その収入、支出は毎年度予算に計上され、しかも、その予算は「開催」及び「経常」の二種となつている。そして、昭和二九年度の決算昭和三十年度の予算について見ると、収入は武雄市からの交付金が殆んど大部分を占め、他方、支出における事業費は僅少に止まつておる。武雄市と振興会との競輪実施に関する委任契約なるものは、競輪開催の都度締結される建前になつていても、それは形式的なものであつて、継続的なものであるから交付金なる武雄市の支出金も亦当然継続的な性格のものと見なければならない。競輪施行者から振興会に交付すべき金額については、競技法第十条により、その限度は百分の三までとなつているが、一開催一億円未満の売上の場合は最高限度たる百分の三とすること等施行者と振興会との経費負担その他に関する基準が定められ、通商産業省通商機械局長より競輪施行者及び振興会に宛て、右基準によるべき旨通牒が出されている。それで、武雄市と振興会との間においても交付金の交付率を百分の三と協定されているものと推測される。しかしながら、競輪施行者と振興会との間の右約定率は、必ずしも不動のものではなく、右基準の変更は別として競輪施行者の財政状況その他の事情によつては、より低い率を以て約定することもあり得るであろうし、又振興会の開催経費は売上高の増加に正比例して増加するものではなく、却つて、その割合は漸次累減する性質のものと見るのが妥当であり、この点で、売上高の増加は競輪施行者の場合に比して振興会により有利な収益をもたらすであろう。民法の解釈上公益法人は営利を目的としないものであるが、ここに所謂営利とは法人格を構成する個人の利益を図ることを意味し、公益法人が利益を得る事業を営んでも、その得たる利益を法人の構成員たる個人に帰属させるのでなければ、これを法人の目的に加うることを妨げないとされている。振興会は、前述の如く、公益法人とされているのであるから会員に対する利益配当ができないのが当然であり、又、その会計経理についての監督官庁の監査が行われ、特別な支出や解散の場合における残余財産の処分について或る種の制限が伴うのはこれ亦当然のことである。振興会は、右に述べたとおり、一種の独占的地位を有する団体であるため、苟くも、競輪施行者が競輪事業を行う限りは、振興会との契約によつて、これに競輪事業の一部を実施させなくてはならぬということになるのであるから、必ずしも両者間に民法上の委任における所謂相互信頼関係が前提されるとは限らない。又、若し、武雄市と振興会との委任契約なるものを民法上の委任、特に無償委任であるとすれば、交付金の大部分を委任事務処理に要する費用と解しうるであろうけれども、振興会の事業は、委任による競輪事業の実施以外にも存するのであるから、交付金の全部を以て然りと認めるわけにはいかぬ。しかも、振興会は民法上の委任の場合における事務処理についての報告義務を負担していないのみならず、費用前払請求権は固より委任事務処理に必要と認むべき費用を支出したとしても、その費用支出の日以後の利息の償還請求権を認められているとはいえない。又、両当事者に任意解除権があるとか、競輪施行者に損害賠償義務があるという点も是認し難い。以上述べたところを綜合して考えると、武雄市と振興会との間の委任契約なるものの実体は民法上の委任と相去ること遠く、むしろ民法上の請負に類似し判例に所謂「普通請負と称するもの」に該ると解するのが妥当である。又、振興会の会計経理につき通商産業省の監査が行われることは当然であるけれども、それは振興会の行う事業の内部的な問題であつて、当該事業と競輪施行者たる地方公共団体との関係に関するものではないから、監査委員が之につき監査権限を有すると解しても、何等の矛盾は存しない。蓋し、監査委員は、地方自治法の認める独任制の執行機関であつて、同法第一九九条第六号により当該普通地方公共団体が補助金、交付金、貸付金その他財政的援助を与えているものの出納その他の事務の執行を監査することが出来るものとされていることからしても、かかる監査委員に振興会の理事との兼職を許すことは、その公務の執行の公正を妨ぐるものとすべきである。と述べ、立証として、控訴代理人は甲第三一、三二号証の各一、二、第三三乃至三五号証、第三六号証の一乃至三五を提出し、当審証人黒岩孫次、同行武義雄、同番田四郎、同田中醇吾、同中村哲二、同藤崎鶴雄、同中村源一の各証言及び当審に於ける検証の結果を援用し、被控訴代理人は、当審証人杉原常一、同長谷明治の各証言並びに当審に於ける検証の結果を援用し、甲第三一、三二号証の各一、二、同第三三乃至三五号証の各成立は不知、同第三六号証の一乃至三五はいづれも成立を認める。と述べた外、原判決事実摘示と同一だからこれをここに引用する。

理由

控訴人が、武雄市議会議員であること、同市長中野敏雄が昭和三十年四月八日、同市議会の同意を得て、控訴人を同市の監査委員に選任したことは、当事者間に争なく、右選任の辞令が、同市長より同年四月二七日、控訴人に交付されたことは、成立に争のない甲第二五号証により明らかであり、右監査委員選任の効力が、控訴人の右市長選任に対する同意と同時に同年四月八日生じたものであることは、原判決説示のとおりだから、これをここに引用する。而して、控訴人及び被控訴人は、本訴に於て、控訴人の振興会理事辞任の時期、及び地方自治法(以下自治法という)第二〇一条により準用される同法第一四二条が、普通地方公共団体(以下公共団体という)の監査委員選任の欠格要件を定めたものであるか否かの諸点について、夫々主張を異にして相争うけれども右各争点に対する判断はいづれも暫く之を措き、本訴に於ける最も主要なる争点の一つである振興会の理事は武雄市の監査委員を兼職し得ないものであるか否かの点について先づ検討する。自治法第二〇一条により準用せらるる同法第一四二条に所謂請負が、民法上の請負のみならず、準委任をも含み、従つて、之により公共団体との間に生ずる法律関係は、本来の意味に於ける請負のみならず、営業的取引関係、即ち、純然たる私経済的取引関係の存する場合をも包含し、同法条の立法趣旨が、公共団体の長を私企業より隔離し、その公務執行の公正を確保するにあるものと解することについては、当事者間に異論を見ぬところである。蓋し、公共団体の長が、民法所定の請負乃至準委任契約により、私経済的ないし営利的取引をなすについては、自治法第一四九条第一号、第九六条第八号により、予算に含まれているものに関する限り、公共団体の長が執行機関の権限として、右取引内容即ち取引の相手方、取引の態様、相手方との間に授受せらるる金銭の額について、自由なる意思決定に基き、之を決し得るのであるから、自己の意思により、相手方のため、その取引内容を利益にも、不利益にも決定し得る地位にあるわけである。従つて、かかる取引の相手方(私人又は私法人の役員)が、同時に、右の如き執行権限を有する公共団体の長を兼職することは、公平な見解の下に、公務を遂行することが困難であり、その地位を利用して私利を図る危険の存することが容易に看取されるので、之が兼職を禁止する必要があるからである。従つて、公共団体の長の執行権限に属する右取引につき、自治法第一九九条により、之が監査の権限を有する当該公共団体の監査委員についても、右公共団体の長と同様のことが謂いうるわけである。ところで、公共団体が、私人又は私法人に公法上の契約による公共的事業の実施、換言すれば行政作用たる公企業の実施を委託し、該委託により、私人又は私法人が、右事業の実施を担当する場合をも、自治法第一四二条に所謂請負に包含するものと解し得るや否の点については、同条の文理解釈のみによりては正しい解釈を導き出すことはできない。何故となれば、公共団体と私人又は私法人との間に於ても、公法上の請負関係を設定し得るものと解し得らるる故に、同条にいう請負を私法上のそれに限定して解せねばならぬ明文上の根拠はないからである。しかし乍ら、公企業が、もともと、国家又は公共団体が法律により自ら又は他に委託して之が経営をなすことを許された事業であることにかんがみ、右事業の委託は、法律により許された場合に限るものであることは当然で、従つて、右委託関係の設定は、公法上の行為として相手方の選択、委託すべき事業の範囲、内容及び之に伴い授受せらるる金額等につき、法律又は法律の委任する命令により一定の基準が定めらるるのが原則である。されば、かかる公企業経営委託の主要内容は、議会の議決を要し、公共団体の長の自由なる意思決定により之を左右し得べき事項ではないのであるから、かかる公企業の経営を委託せられた相手方(私人又は私法人の役員)が、同時に公共団体の長たる職を兼ねたとしても、その地位を利用して私利を図り、職務の公正なる執行を妨ぐる虞は前述の私経済的取引関係の場合に比し甚だ少いものと考えられるのである。しかも、仮りに、右の場合に於て、公共団体の長に職務の公正なる執行を妨ぐる虞があると思料せらるる場合には、むしろ、かかる事態は公企業の実施について必ずや法律を以て認めらるる国家の行政監督権の行使により、是正又は予防措置の講ぜらるるを妥当とするであろう。そうすると公共団体が、私人又は私法人に公企業を委託する場合にあつては、右企業より公共団体の長-従つて自治法第二〇一条により準用せらるる監査委員-を右企業より隔離するの必要はないものと解し得られ、従つて、公企業の委託は、同法第一四二条に所謂請負に包含せられないものと解すべきこととなるのである。これを本件について見るに、自転車競走の施行は、自転車競技法(以下競技法という)第一条に基き、都道府県及び人口、財政等を勘案して、自治庁長官が指定する市町村に対し、自転車の改良、増産、輸出の増加、国内需要の充足に寄与すると共に、地方財政の増収を図るために許されているものであるが、右目的がいづれも公益のためにするものであることは、右規定自体により明瞭であるばかりでなく、右公益目的達成のため自転車競走の実施については、同時に同法第一四条乃至第一六条により、之が円満な運営を確保する必要上主務大臣たる通産大臣に、当該競輪施行者、自転車振興会、自転車振興会連合会等に対する広汎な諸種の監督権限を賦与しているのである。以上によつて見ると、同法により指定市町村に実施を許された自転車競走事業は、固より公企業と解するに何等妨げないものである。ところで、地方公共団体たる武雄市が、同法第一条により指定された自転車競走の実施者であり、同法第一条第四項、同法施行規則第一条に基き、右自転車競走業務の一部実施を、振興会に委任したこと、振興会が、同法第十一条により設立され、同法第十二条により民法第三四条の規定により設立された法人(公益法人-私法人)とされたものであることは、当事者間に明らかに争のないところである。而して、右委任が、武雄市自転車競走実施条例第六条によりて定められていることは弁論の全趣旨(記録編綴の原審原告提出の弁論に代る準備書面中の武雄市自転車競走実施条例抜萃記録二八五丁)に徴し明らかであるから、右委任契約は自治法第九六条第九号により、市議会の議決を必要とし、同市長の自由意思決定によることのできないもので、監査委員も亦右委任契約の内容について、監査権限を有しないものといわねばならない。そうすると、武雄市が振興会に対してなす自転車競走業務の一部実施の委任は、上来説示するところに照し、公企業の実施という行政作用の委任であつて、私法上の請負又は準委任の如き私経済的取引関係とは異る公法上の行為であり、自治法第一四二条に所謂請負には該当しないものと断定せざるを得ないのである。被控訴人は此点について、競技法により認められた自転車競走業務は、一面公営的側面と共に民営的側面を有し且つ武雄市が振興会に右事業の実施を委任するに当り給付する交付金は、右自転車競走業務の実施に対する報酬たる性質を有し、右業務は私経済的作用に属するもので、自治法第一四二条の請負に該当するという。なるほど、自転車競走業務がその実体に於て、営利的部面を帯有することは否定することの出来ないところであるけれども、この事実のみよりして、自転車競走業務が公益事業と認めらるべしとする上来説示を覆す理由とするに足りない。又武雄市より振興会に対し、自転車競走業務の委任に伴い給付せらるる交付金については、その交付率が法定せられていることは控訴人主張のとおりであり、従つて、又、振興会の事業経費は、競輪による売上高の増加に正比例して増加するものでなく、却つて、その割合は漸次低減するものと見るのが妥当で、売上高の増加は競輪施行者(武雄市)に比し振興会により有利であり其間交付金は報酬的性格を具有するとも考えられる部面の存することは否むことが出来ないが、同時に、競技法施行規則第十三条の規定により、売上高が二億円を超ゆる場合は、右交付金額は一定の割合により漸次逓減せらるべき旨を定めていることと、右交付金の交付率が同法第十条により法定せられている事実と併せ考えると、右交付金はむしろ事業実施の実費弁償の性格を有するものであつて、報酬たる性格を有するものとは解することはできない。被控訴人の右主張はいづれも採用せぬ。次に、原審は武雄市の監査委員が振興会の理事を兼職することにより、その公務執行の公正を妨ぐる虞ある事情として、「原判決九枚目、表八行目より十枚目、表二行目より三行目にかけ云々再三要望されていた」迄の事実を認定している。そして、当裁判所も原審挙示の証拠により、右の事実を認定し得ると判断するが、右認定の特別交付金の給付を含めて自転車競走業務の一部実施委任の契約内容は、共に市議会の議決を要するものであることは既に説示したところにより明らかであるから、之が議決に関与する議員の公正なる職務執行を妨ぐる事情として取り上げ、以て議員が振興会の理事を兼職するを禁ずべしとするのであれば、固よりそのところではあるが、監査委員については、右について何等の監査権限を有せず、これを以て、公務の執行の公正を妨ぐる事情として考える余地は存しないものというべく、又監査委員は自治法第一九九条第六号により、右交付金を与えているものの出納その他の事務の執行で当該財政的援助に係るものを監査し得るから、右交付金の出納その他の事務の執行について、公務執行の公正を防ぐべき事情の発生を予想し得るとしても、かかる事態の是正ないしその予防は、冒頭理由にて説示する如く、競技法により認めらるる通産大臣の広汎な競輪施行者、振興会の理事等に対する監督権の行使によるべくこれを以て監査委員の振興会理事の兼職を禁止する法の趣旨と解することはできない。

以上之を要するに、武雄市が振興会に対してなす競輪実施の委任は、自治法第一四二条にいう請負に該当するものとは解し得ないから、同法第二〇一条によりて準用する監査委員についても、同条の適用なく、振興会の理事との兼職を禁止するものではないと解する。そうすると、本訴に於ける爾余の争点について更に判断を加える迄もなく、控訴人は現に適法に武雄市の監査委員たる地位を保有するものであり、武雄市長が之を否認して控訴人の監査事務の執行を拒否する以上、控訴人が被控訴人に対し控訴人が被控訴人の監査委員であることの確認を求むる利益は固より存するから、之が確認を求むる控訴人の本訴請求は正当として之を認容しなければならない。

よつて、右とその趣旨を異にし控訴人の請求を棄却した原判決は不当だから之を取消し、訴訟費用の負担について、民事訴訟法第三八六条、第八九条、第九六条を適用して主文のとおり判決する。

(裁判長裁判官 川井立夫 裁判官 高次三吉 裁判官 佐藤秀)

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